"0821(上)円高揺らぐ増産効果(下)円高苦境、買収に活路 余剰マネー生かす 国内空洞化リスクと裏腹"
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東日本大震災後の業績低迷から抜け出そうと模索する上場企業に、円高の試練が襲いかかってきた。2011年度上期(4~9月)の連結経常利益は前年同期比で24%減るが、下期(10月~12年3月)は2割強の増益――というのがこれまでの回復シナリオ。しかし最高値を記録してなお先高観が強い円相場と、世界景気の減速懸念で、収益の先行き不透明感がにわかに強まっている。
営業益4000億円減
「もはや厳しいというレベルを超えている」。ホンダの池史彦専務は急激な円高をこう表現する。自動車大手7社は12年3月期、円高による営業利益の目減り額が4000億円を超す恐れがある。リーマン・ショックに見舞われた09年3月期からの累計では、3.5兆円の利益が円高で消える計算だ。
もともと今下期の業績回復は「自動車頼み」の様相があった。
三重県松阪市にあるセントラル硝子の松阪工場。止まっていた自動車ガラスの生産ラインで、再稼働に向けた整備が進む。増産態勢に入る自動車メーカーからの注文に応じるためだ。工程によっては1日2交代から3交代に増やすことも検討している。
上期に400億円の営業赤字を見込むトヨタ自動車は、下期に5000億円規模の黒字に転換する見通し。震災直後の4~6月期はサプライチェーン(供給網)の寸断で自動車生産が落ち込み、多くの産業が「減産減益」に見舞われた。サプライチェーンがつながる下期は、自動車を起点に「増産増益」の連鎖を見込む企業が多い。
日立製作所は自動車の電子制御システムが復調し、利益予想を上方修正した。商船三井は自動車運搬船100隻中30隻が待機していたが、下期はフル稼働になると想定している。
積み上がる在庫
脱震災の安堵感も出始めていた産業界に円高が冷水を浴びせた。大和証券キャピタル・マーケッツは期初に主要200社の経常利益予想を1ドル=82円の前提で集計。1ドル=77円なら「8500億円以上の利益が吹き飛ぶ」と試算する。19日には一時75円台に突入した。
円高と並んで企業に立ちはだかるのは、欧米を中心とする景気減速リスクだ。
ソニーは6月末の電機部門の在庫が前年同期から約1割増えた。金融不安に見舞われた欧州が厳しい。現地の倉庫には今も、昨年モデルの大型テレビの在庫が眠る。
東京エレクトロンは1日、経常利益の見通しを1020億円から520億円へと下方修正した。パソコンの販売低迷で半導体在庫がたまったためだ。「潮目が変わった」。常石哲男副会長は世界景気の減速に身構える。
苦境の中でも、立ちすくむわけにはいかない。オリンパスは「構造的な円高抵抗力を身に付ける」(川又洋伸取締役)ため、15年3月期までに海外生産比率を50%(前期は40%)に引き上げる方針を打ち出した。日産自動車も生産の海外シフトなどで輸出を大幅に減らし、為替リスクを抑える考えだ。
聖域なきリストラを合言葉に過去の円高と戦ってきた日本企業は、震災を経て「聖域なきグローバル化」に照準を定めようとしている。
一時初の1ドル=75円台に急伸した円相場。有力企業は今期の想定レートを80円程度に設定しており、今の為替水準は収益を圧迫する。だが「強い円」は海外企業を安く買収する機会も提供する。国内の空洞化リスクを抱えつつ、企業は新たなグローバル戦略に活路を求めようとしている。(1面参照)
アサヒはNZ大手に続き、東南アジアでのM&Aをめざす(18日、東京都千代田区)
海外M&A続々
大手投資銀行のM&A(合併・買収)責任者のもとに、企業から次々と相談が持ち込まれている。「海外の買収案件を探してほしい」。1ドル=70円台が定着した8月になってこうした依頼が急増した。「日本企業が海外でM&Aを展開する大買収時代が来るのではないか」。この責任者は興奮気味に語る。
実際日本企業による海外企業のM&Aは増勢をたどっている。トムソン・ロイターによると、今年の実績は380件と過去最高のペース。なかでも新興国での買収が目立つ。中国が69件と米国(63件)を上回り、韓国、インド、タイも高水準だ。
アサヒグループホールディングスは18日にニュージーランドの酒類大手の買収を発表。今後は東南アジアでのM&Aを目指す。
日本の上場企業は11年3月期に営業利益の8割を海外で稼ぎ出した。収益源の確保と円高対策を狙って、グローバル拠点の整備を急いでいる。
上場企業のバランスシート(貸借対照表)をみると、余剰マネーが投資に向かい始めた様子が分かる。東日本大震災後、多くの企業は手元資金を厚くする「守りの財務」に徹した。だが6月末の手元資金(3月期決算企業)は62兆円と、過去最高だった3月末から5%減った。資金需要も上向き、有利子負債は3四半期ぶりに増加に転じた。
「成長のためなら、借入金が増えても問題ない」。イタリアの建材大手パルマスティーリザを630億円で買収する住生活グループの藤森義明社長は言う。中国やインドに強いパルマを傘下に加え、海外売上高比率を3割に高める計画だ。武田薬品工業も1兆円超を投じてスイスの製薬大手を買収し、実質無借金経営と決別する。
国内縮小見越す
世界の舞台を目指す企業。株式市場もグローバル競争力という評価軸で企業をふるいにかける。
東京・丸の内。BNPパリバ証券にヘッジファンドから奇妙な組み合わせの株式注文が来たのは7月下旬のことだった。「味の素を買い、香港のグローバル・バイオ―ケム・テクノロジーに空売りを出してほしい」
両社は飼料用アミノ酸「リジン」でしのぎを削る。ペアトレードと呼ぶ売り買いの組み合わせは、味の素が優位に立つという予測の表れだ。
日本企業が「買い」とは限らない。最近取り沙汰されたペアは「デンソーの売り・現代モービス(韓国)の買い」。現代モービスは4月、自動車部品会社の時価総額で世界首位の座をデンソーから奪い、市場の話題を呼んだ。BNPパリバ証券の岡沢恭弥氏は「アジアのなかの日本という競合の構図を投資家は意識している」と話す。
世界で戦い、市場の評価を勝ち取るのは容易ではない。だが、グローバル戦略を軌道に乗せれば企業は着実に強くなる。
「1ドル=70円台半ばになっても大きな影響はない」。ブリヂストンの江藤彰洋最高財務責任者(CFO)は自信を示す。
同社は1988年に米タイヤ大手ファイアストンを買収。赤字が続き、2000年には大量リコールが米国で社会問題になった。それでもあきらめずに黒字化にこぎ着け、グループの海外生産比率を70%に高めて為替リスクを減らした。
海外M&Aは国内の雇用問題を深刻化させかねない。しかし、企業は少子高齢化で国内市場が縮むという厳しい現実にも直面している。生き残りを賭け、資金力を生かした円高買収の奔流は始まったばかりだ。